初盆会法要を勤めました

皆さんこんにちは。

梅雨が明けていないのに暑い日々が続いていますが、いかがお過ごしでしょうか。


今日は先日の初盆会法要のご報告です。

7月6日日曜日に、ここ一年の間にお身内を亡くされた皆さまに集まっていただいて、初めてのお盆を迎えてのご法事を勤めさせていただきました。

ご納骨を終えられて、しばらく経っているご家族もいらっしゃれば、まだご納骨からあまり日が経っていないご家族もいらっしゃいましたが、お参りいただいた皆さま、有難うございました。


勤行の後、グリーフ(喪失体験)についての法話、お弁当を召し上がっていただいて昼休憩、午後はコーヒーを飲みながらおしゃべりする時間、茶話会を持ちました。


法話では、昨年お参りいただいた方もご参加いただきましたが、日ごろの価値観の中で私たちが苦悩する理由を仏教の言葉を手がかりに理解しながら、喪失体験をきっかけにして「苦悩している自己に気づく」というのはどういうことか、今年亡くなられた故人様に限らず、人生のときどきで巡ってくる「喪失」を、無かったことにしたり、必要以上に攻撃したりするのではなく、ありのままに見つめ、ありのままに付き合っていくことで、今までと違う生き方ができるのではないかと、提案するようなかたちでお話させていただきました。


お弁当はなかなか好評でした。私は準備があって気が付かなかったのですが、皆さん、食べながらおしゃべりされていたようで、茶話会の席を囲むころには私の促しがなくても、会話が弾んで、何だか楽しそうでした(笑)


茶話会では、いつも居心地の良い場所にするために、始めにルールを確認してからスタートします。

相手の話をさえぎったり、価値判断したりしないことや、うまく話をまとめようとせず、まとまらないままに感じたことや思ったことを語ることなどです。

グリーフの話を聞いて思いだしたことや、感じたことなどを共有しました。

皆さん今までに体験したことの理由を見出したり、身の上に起こったことを言語化されることで納得したり、いろいろ気づきがあったようでした。


日常の中では流れていってしまうような出来事も、一度立ち止まって違う視点で考えてみると、同じ出来事でも全く違う景色に見えるものです。

さらに、その体験を言葉でとらえ直す(言語化)ことで、気づいていなかったことに気づいたり、気づくことでそこから一歩前に踏み出したり、もう一度その出来事を深掘りしてみるきっかけになったり...

私たちの人生というのは、もっと豊かで、深さも広さもあって、それを味わうのも、人間として生まれたがゆえに与えられる人生の素晴らしさなのではないでしょうか。


また来年も開催予定です。

該当する方には個別にご案内いたします。

お待ちいたしております。

瑞雲山 念速寺 Zuiunzan Nensokuji

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